東京地方裁判所八王子支部 昭和32年(わ)704号 判決 1958年8月20日
被告人 松本登 外一名
主文
被告人松本登を懲役十二年に、被告人榎本好平を懲役四年に処する。
被告人両名に対し未決勾留日数中各百八十日を右本刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人松本登は昭和二十二年小倉市北方国民学校高等科を卒業し、父の営む食肉販売業の手伝などをしていたが、間もなく父母に相次いで死別したので姉弟とも別れて出奔し、以来定職を持たずに各地を転々として徒食したり詐欺や窃盗の犯行を重ねていたものであるが、
第一、遊興費に窮した結果、金品を強取しようと企て、
(一) かねて知合いの中学生甲当時十五年と共謀のうえ、各自覆面をなし昭和三十二年八月十四日午後十一時三十分頃東京都北多摩郡東村山町回田千三百二十五番地キリスト教宣教師古川恵信方に至り同所において、就寝中の同人夫妻を呼び起し、ドライバーや棒切れに布を巻き付け、これを恰も短刀のごとくに見せかけ「静かにしているんだ。騒ぐと子供の生命が危い」などと申し向け、室内にあつた兵児帯及び同人方裏から携行したビニール製物干紐を用いて右恵信夫妻を縛る等の暴行脅迫を加えて同人等の反抗を抑圧したうえ、右恵信所有の革製財布入現金約千円、腕時計、懐中電燈各一個外衣類五点(時価合計約六千六百円相当)を強取し、(昭和三二年一〇月一日附起訴状公訴事実第一の事実)
(二) 前記甲及び同人の知人乙当時十八年と共謀のうえ同年同月十六日午前零時頃東京都三鷹市牟礼六百六十四番地三鷹農業協同組合職員板橋一徳方において、各自覆面をなし金品を物色していたところ、同人等に覚知されたため、右一徳夫妻に対し所携の果物用ナイフを示して「静かにしろ。騒ぐと刺すぞ」などと申し向けて脅迫し、同人等の反抗を抑圧したうえ、右一徳所有の現金約七百円、腕時計一個、革靴二足外衣類等十一点(時価合計約八千余円相当)を強取し、(同上第二の事実)
(三) 同年九月十二日午前四時過頃静岡市曲金四丁目百二十七番地公務員柴田鍵三久方において、覆面をなし、就寝中の同人夫妻に対し、所携の果物用ナイフを突き付け「騒ぐと承知しないぞ。今一人バラシテきたところだ。外にはもう一人いる。まとまつた金を出せ」などと申し向けて脅迫し、同人等の反抗を抑圧したうえ右鍵三久等所有の現金約二千三百円、背広服上下二着、レインコート一着外衣類等約十一点、現金約百三十円および現金約六十円各在中の財布、腕時計一個、婦人用自転車一台(時価合計約三万余円相当)を強取し、(昭和三二年一〇月二三日附起訴状公訴事実第一の事実)
(四) 塚本某と共謀のうえ同年同月十六日午前二時過頃横浜市港北区箕輪町三百七十三番地農業小島八郎方において、各自覆面をなし、就寝中の同人等家人に対し、同人方で用意した出刃庖丁を突き付け「騒ぐな。静かにしろ。金を出せ」などと申し向け、室内にあつた腰紐を用いて右八郎及び同人長男久和の両手を縛る等の暴行脅迫を加えて同人等の反抗を抑圧したうえ右八郎等所有の現金約二万八千円、ジヤンバー一着、背広服上衣一着外衣類等約十余点(時価合計約九千四百円相当)を強取し、(昭和三三年四月二六日附起訴状の公訴事実)
(五) かねて知合いの竹下久人と共謀のうえ同年同月二十一日午前四時頃山口県厚狭郡山陽町厚狭三百七十四番地煙草小売商村谷辰日方内食糧品販売業田中直美方において、各自覆面をなし、就寝中の右田中方店員田中一啓、同勝に対し、所携のナイフを突き付け「静かにしろ。おやじはどこにいるか」などと申し向け、右田中方店舗内にあつた紐を用いて同人等の両手を縛り、次いで隣室の右村谷方において就寝中の右辰日及び同人長男周平に対し、前記ナイフを突き付け「静かにしろ。三十万円出せ」などと申し向け、前記同様の紐を用いて右周平の両手を縛る等の暴行脅迫を加えて同人等の反抗を抑圧したうえ右田中方及び村谷方屋内を物色し、右一啓所有の現金約三百円、腕時計一個外衣類二点、右勝所有の現金約二百円、腕時計一個外衣類二点、右辰日所有の現金約二千円、煙草ピース等約百六十五個外衣類等二点、右周平所有の懐中時計一個外衣類二点(時価合計約二万一千八百円相当)を強取し、(昭和三二年一〇月二三日附起訴状公訴事実第二の事実)
第二、被告人榎本好平は
(一) 昭和三十二年二月十九日頃東京都南多摩郡稲城町日本通運株式会社立川支店稲城長沼営業所前路上において石井鶴吉所有の軽快自転車一台(時価約六千円相当)を窃取し、(昭和三三年四月二六日附起訴状の公訴事実)
(二) 同年同月二十三日頃同町大丸七百三十三番地大久保清吉方庭先において同人所有の軽快自転車一台(時価約二万円相当)を窃取し、(同上)
(三) 同年四月十八日頃同町大丸九百七番地富永組ブロツク工場において平山孝治所有の山口号自転車一台(時価約一万九千円相当)を窃取し、(同上)
(四) 同日頃同町大丸六百三十三番地富永組事務所内において岩下正雄所有のマルケイ号自転車一台(時価約一万三千円相当)を窃取し、(同上)
(五) 同年八月三十日頃同町坂浜三千二百九十八番地榎本秀吉方店舗内において同人所有の宮田号自転車一台(廃品に近く時価約千円相当)を窃取し、(同上)
(六) 同年九月三日川崎市菅四千百九十八番地濃沼太助方庭先において同人所有の山口号自転車一台(時価約七千円相当)を窃取し、(昭和三二年一〇月一日附起訴状の公訴事実)
(七) 同年同月八日頃、同市菅六百九十三番地城所育太郎方前路上において城所忠所有の軽快自転車一台(時価約一万円相当)を窃取し、(昭和三三年四月二六日附起訴状公訴事実)
第三、被告人松本登は前記第一の(二)の容疑により昭和三十二年九月二十二日警視庁三鷹警察署員に逮捕され、東京地方裁判所八王子支部裁判官の発した勾留状により同月二十四日同署に勾留後同年十月一日前記第一の(一)(二)の事実につき同裁判所に起訴せられたもの、被告人榎本好平は前記第二の(六)の容疑により同年九月十三日警視庁府中警察署員に逮捕され、東京地方裁判所八王子支部裁判官の発した勾留状により同月十五日同署に勾留後同年十月一日右事実につき八王子簡易裁判所に起訴せられ、以来被告人両名はそれぞれの署に未決囚として勾留されていたものであるが、被告人松本はかねてから逃走を企図し、共犯者を物色し、或は手錠を外す用具若しくは暴行用の兇器を用意する等心懸けていた折柄、余罪取調のため同年十一月十一日朝三鷹署より護送用自動車で東京地方検察庁八王子支部へ護送された際たまたま同年九月末頃以来護送途中等で同席し顔見知りの被告人榎本もまた前記被告事件の公判審理に八王子簡易裁判所へ出頭するため府中署より同車していたので、同日同検察庁同行部屋において同被告人に対し自らの手錠を外して見せたうえ、共に逃走せんことを勧誘したところ、被告人榎本は即座にこれに応じ、ここに被告人両名は同日の帰途甲州街道南武線陸橋附近において護送巡査に対し暴行を加えて逃走せんことを通謀し、被告人松本は木片等を用意携帯して被告人榎本及びそれぞれの留置警察署に逆送される他の十五名の被疑者等と共に同日午後四時二十分頃東京地方検察庁八王子支部より、警視庁田無署勤務巡査佐竹芳五郎(明治四十二年七月二十八日生)運転、同五十嵐伯次(大正三年七月十八日生)同丹呉正治(大正八年十一月二日生)両名看守の前記自動車(第八―四〇四〇四号、右ハンドル)に乗り込み、被告人松本は佐竹巡査の背後近くに、被告人榎本は中央補助長椅子の最前部にそれぞれ席を占めて着席し、車は先ず府中署に向つて発進したが、被告人松本は進行中の車内において両手錠を、被告人榎本は右手錠をそれぞれ取外して待機し、同日午後四時五十分頃予定の陸橋僅か手前である東京都府中市四谷二千四百番地先に差しかかるや、被告人松本は矢庭に席を蹴つて立上り「ヤツチマエ、皆ンナカカレ」と叫びながら左側乗降口後方の被疑者席出入口に位置し、前方を向いて丸椅子に着席していた五十嵐巡査の右背後から掩いかぶさるようにして襲いかかり、右手に掴んだ木片をもつて同巡査の右顔面めがけて力一杯突き刺すと同時に左手に所持の両手錠を振つて同巡査の頭部、顔面等を殴打しながら同巡査を、運転台助手席にこれまた前方を向いて着席していた丹呉巡査の左後方よりその上方に押しつけたうえ、所持の手錠を振つて丹呉巡査の頭部、顔面等をも殴打し、一方被告人榎本は松本が右の如く右両巡査へ襲いかかると見るや、直ちに席を飛び立つて五十嵐巡査等の背後を通つて開け放たれていた左側乗降口の扉の窓から車外へ飛出し、これを認めて右側扉から車外へ飛出した佐竹巡査の追跡の手を免れ、他方被告人松本も榎本の脱出を知るや、逃走を阻止する丹呉巡査の手を振り切つて右の窓から車外へ飛出し、これを車外において取押えんとした佐竹、五十嵐両巡査の追跡の手をも免れ、もつて被告人等の身柄を拘禁し、これを護送する職務に従事中の五十嵐、丹呉の両巡査に暴行を加えてその公務の執行を妨害するとともに逃走の目的を遂げたものであるが、右暴行により五十嵐巡査に対し全治約三週間を要する頭部、頸部、右眼下部挫傷、右耳下部刺創等の傷害を、丹呉巡査に対し全治約三週間を要する前額部割創、左頬部、耳翼、左側頸部擦過傷、左眼部打撲傷等の傷害を与え
たものである。
(証拠の標目)(略)
(拳銃及び護送車強取の成否)
検察官は判示第三の事実につき、その所見を異にし、被告人両名は護送巡査の所持する拳銃と自動車を強取することを共謀し、これが犯意に基き五十嵐、丹呉両巡査に対し判示の如き暴行傷害を加えたものであるから加重逃走の外になお強盗傷人罪が成立する旨主張するにつき案ずるに、本件における強盗傷人罪の公訴事実に関する被告人両名の行為は判示第三において認定したように加重逃走と強盗の双方の暴行となり得る性質のものである。しかし加重逃走における暴行が同時に強盗の着手とされるためには強盗の犯意が行為の遂行的過程から具体的に認められることを要し、単にあらかじめ強盗の目的があつたからといつて当然に加重逃走の着手が同時に強盗の着手であると即断することはできない。殊に本件は逃走の結果は成就しているのに反し、強盗の結果は実現していないため、たやすく強盗の着手を断定し難いのである。よつて被告人両名の行為に現われた外形的事実とその心理的事実とを証拠によつて検討する。
(一) 行為の外形的事実
(イ) 拳銃引合いの状況
丸田末吉、福原裕の検察官に対する各供述調書、五十嵐伯次の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書、被告人榎本好平の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書(検第一〇九号証、第一一一号証、第一一二号証)及び同被告人の当公判廷における供述を綜合すれば被告人両名のうち何人かが五十嵐巡査の拳銃の銃先を掴み、同巡査がその銃把を握り互いに引合いを為し、その間一時拳銃が同巡査の頭上に押し上げられた事実はこれを認め得るのであるが、拳銃が同巡査の腰に帯びるサツクから如何にして取り出されて被告人等がその銃先を掴むに至つたものか、その経過的事実は必ずしも明らかではない。この点につき五十嵐伯次(検第八〇号証)宮田操、庄司広教の各検察官調書中には被告人榎本がサツクの安全バンドを外して拳銃を抜き取つた趣旨の供述記載部分があるけれども、判示認定の如く五十嵐巡査はその背後から不意を突かれて狼狽し、しかも短時間内に被告人松本の機敏な攻撃に遭い、被告人榎本の逃亡した事実すら事件後府中署に赴き車内の人員を点検して初めてこれを覚知するに至つた程(検第七八号証、第七九号証参照)であり、また同巡査は拳銃の引合いを演じた相手方につき、当初は誰であるか不明のような供述を為し、次いで松本とも云い或は榎本とも云つて取調を受ける都度供述を変えているのであつて、そのこと自体認識ないし記憶の瞹昧なことを示すものに外ならず、そのいずれを信じて可なるかを決し難いのである。次に宮田操、庄司広教の両名は車内被疑者席中央の補助長椅子の前部から三番目ないし五番目辺りに着席していたものにして本件の突発と同時に十五名の被疑者等の殆んどが立上つて騒然とした(検第八一号証参照)際に、車内最前部における被告人榎本の行動をその背後から、しかもサツクの安全バンドを外して拳銃を抜き取るというが如き瞬間的な事実を果してよく目撃し得たか否かは慎重に検討を要するところであるが、拳銃がサツク内に収容されている形態、被告人の一人が銃先、五十嵐巡査が銃把をそれぞれ握つて引合つた事実、後に説示のように被告人松本が拳銃云々と叫んだ直後に右の引合いが始まつた事実などから考察すれば、寧ろ五十嵐巡査が被告人松本の拳銃云々の声を聴いて自ら拳銃を握つて取り出した後に引合いが開始されたものとも認められるのであるから被告人榎本がサツクから抜き取つた旨の前記各供述記載はたやすく信用できない。
(ロ) 被告人松本の拳銃に対する言動
五十嵐伯次の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書、丹呉正治(検第八三号証)渋谷和夫、丸田末吉、福原裕、宮田操及び熊坂昭一郎の検察官に対する各供述調書によれば、被告人松本は判示認定の如く五十嵐巡査を襲い、続いて丹呉巡査を襲つた直後において拳銃を取れとか打てとか叫んだ事実及びその直後において被告人の一人と五十嵐巡査とが拳銃の引合いを為したことを窺知することができる。しかしながら被告人松本が拳銃を掴んだことの有無についてはいずれとも断定できない。けだし各証拠を仔細に検討して見ても各人の供述記載は区々であり、判示認定のように被告人松本は両手にそれぞれ兇器を握つて五十嵐巡査を襲うや直ちに転じて丹呉巡査を襲い、同巡査と揉み合いを為したものにして、その間五十嵐巡査の所持する拳銃を握る余裕があつたものとはたやすく考えられず、またその後の機会にこれを把握したか否か明白でないからである。
(ハ) 自動車の奪取行為と目すべき事実についてはこれを窺うに足りる証拠は何処にも発見できない。
以上の次第にして証拠上肯認できる被告人両名の言動は五十嵐巡査の拳銃に対する支配を抑制し、一時その自由な使用を阻止するだけのものであつたのか或はさらにこれに加えて不法領得意思の発現行為と解すべきかは、以上の如き片言隻句ないし極めて短時間内の行動をもつてしては未だいずれとも断定し難いのであるが、本事案の全体を素直に観察するときは前者の趣旨に解するのが相当である。左ればこそ府中署においても強盗容疑をもつて取調た形跡なく、これは本件に遭遇した三人の警察官がいずれも強盗の印象を受けていないからである。これを要するに被告人両名の行為からは未だもつて強盗の着手ありとは断定できない。
(ニ) 心理的事実と謀議
被告人両名の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書の記載によれば被告人松本は逃走の手段として巡査の所持する拳銃を奪い、護送車をも奪取しようと決意し、これを被告人榎本に打明け、同人の同意を得て共謀が成立したかのように窺えるのであるが、そのいわゆる共謀は本件逃走の僅か数時間前に判示の同行部屋で初めて話題にしたというものにして、拳銃を奪うというも逃走を遂げるために一時取り上げる趣旨なのか、或はさらに持逃げする意味なのか必ずしも明らかでなく、また自動車を奪うというにしてはその計画内容粗雑に過ぎ、いずれもその供述内容自体真実性に乏しく、これを被告人両名の当公判廷における弁解と対照し、被告人松本の見栄坊的性格と虚言性とに鑑み、併せて右謀議による企図の成功の可能性薄弱にしてかつ合理性の乏しいこと、すなわち薄暮とはいえ、人車の往来必ずしも少くない甲州街道上において、他の被疑者等の向背の皆目不明の車中において、拳銃を所持する五十嵐、丹呉の両巡査を、さして有力な武器もなくして、抗拒不能にさせたうえ、運転手の佐竹巡査を捕縛し、十五名の被疑者等を同乗させた満員の、しかも色彩を施し、人目につく形態の護送用自動車を駆つて逃走するというが如きことは、それ自体逃走を完遂し得ないことに帰し、被告人等の主目的と相容れない手段にしてたとえ如何に無謀にして大胆な被告人松本の着想にしても、同人は精神障害者ではないのであるから、単なる内心的企画なら兎もかく、これを実行する固定化した真意をもつて共謀し、かつ、またこれが実行に着手したものとは容易に信用できない。このことは被告人両名の各自供調書の記載自体からも認め得る被告人榎本が真摯な意思で被告人松本の意図に応対していないことからも推認できるのである、
以上の理由により被告人両名の捜査係員に対し為した拳銃及び護送用自動車奪取に関する供述及び被告人松本の第一回公判期日において為した供述はその内容真実性に乏しく、たやすく措信し難きにより本件強盗事実はその犯罪の証明なきに帰する。
(累犯加重原由となるべき前科)
被告人松本登は(イ)昭和二十八年六月十三日名古屋地方裁判所岡崎支部において詐欺罪により懲役一年但し三年間刑の執行猶予(後記(ロ)の処刑により同年十一月三日右猶予の言渡は取消さる)(ロ)同年九月四日静岡簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年(ハ)昭和三十年十月十四日大宮簡易裁判所において同罪により懲役一年に各処せられ、いずれもその当時刑の執行を受け終つたものであり、被告人榎本好平は(イ)昭和二十五年十二月十七日東京地方裁判所八王子支部において住居侵入、窃盗、強盗の各罪により懲役六年(未決勾留日数三十日算入、昭和二十七年四月二十八日政令第百十八号により懲役四年六月に減刑)(ロ)昭和三十年六月二十二日同裁判所八王子支部において窃盗、詐欺の各罪により懲役一年二月に各処せられ、いずれもその当時刑の執行を受け終つたものであり、右の各事実は被告人両名の当公判廷における各供述並びに検察事務官作成の被告人両名の各前科調書によつてこれを認める。
(法令の適用)
被告人松本登の判示第一の各所為はいずれも刑法第二百三十六条第一項、その共犯につき更に同法第六十条に、被告人榎本の判示第二の各所為はいずれも同法第二百三十五条に、被告人両名の判示第三の所為中、五十嵐、丹呉両巡査にそれぞれ暴行を加えて同人等の公務の執行を妨害した点は各同法第九十五条第一項、第六十条に、逃走の点は同法第九十八条、第六十条に、同人等に対し傷害を負わせた点はいずれも同法第二百四条、第六十条、罰金等臨時措置法第二条、第三条にそれぞれ該当するところ、右第三の公務執行妨害、傷害、加重逃走は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五十四条第一項前段、第十条により最も重い五十嵐伯次に対する傷害罪の刑をもつて処断すべく所定刑中懲役刑を選択し、被告人両名には前示各前科があるので同法第五十九条、第五十六条、第五十七条により、以上各罪の刑にそれぞれ法定の加重(但し被告人松本の判示第一の各罪の刑については同法第十四条の制限に従う)をなし、なお以上はそれぞれ同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、第十条により被告人松本については最も重い判示第一の(四)の強盗罪の刑に、被告人榎本については最も重い判示第三の五十嵐伯次に対する傷害罪の刑にそれぞれ同法第十四条の制限に従い法定の加重をなし、その刑期範囲内において諸般の情状を考慮し被告人松本を懲役十二年に、被告人榎本を懲役四年に処し、同法第二十一条により未決勾留日数中各百八十日を右本刑に算入することとし、訴訟費用の負担については被告人両名が貧困のためこれを納付することのできないことが明らかであるから、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により被告人両名に負担させないこととする。
なお本件公訴事実のうち拳銃及び護送用自動車強取の点はその犯罪の証明なく無罪なるも、判示第三において認容した各罪と想像的競合の関係において起訴された一罪の一部と認められるから特に主文においてその旨の言渡をしない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 河内雄三 井上謙次郎 佐藤繁)